八木節「乃木将軍と辻占売り」

ページ番号1001886  更新日 令和1年9月19日

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  1. 明治三十七・八年の
    日露戦争 開戦以来
    苦戦悪戦 致されまして
    我が子二人が 戦死をすれど
    倦まずたゆまず 奮闘致し
    遂に落城 致されまして
    御旗旅順に ひるがえされた

  2. 軍の指揮官 乃木将軍は
    戦死なされた 我が兵卒の
    遺族訪問 致されまして
    謝罪なされた その一席は
    時は二月の 如月月よ
    氏の育ちの 乃木将軍は
    何処へ行くにも質素な支度

  3. 今日は穏やか 散歩をしよと
    我が家出掛けて 梅林にて
    そこにゃ立派な 売店ありて
    腰を下ろして 眺めを致す
    梅の香りは また格別と
    日ごろたいしなむ 俳諧などで
    遂に夜更けて 十一時頃

  4. 通りかかった 両国橋の
    水の面に 月ありありと
    波に揺られる その風景に
    寒さ忘れて 佇むおりに
    二人連れなる 辻占売りが
    破れ袷を 身にまとわれて
    赤い提灯 片手に下げて

  5. 弟手を引き 寒げな声で
    恋の辻占 あの早わかり
    買ってください 皆様方と
    客を呼ぶ声 さも愛らしや
    なぜか今夜は 少しも売れぬ
    兄は一人で 心配いたし
    そんな事とは 弟知らず

  6. これさ兄ちゃん 寒くてならぬ
    早く帰って 母ちゃんのそばで
    抱っこ致して ねんねがしたい
    それを聞くより 兄 伝太郎は
    涙声して 弟に向かい
    兄の言うこと よく聞かしゃんせ
    今宵持ったる この辻占は

  7. 売っていかなきゃ お米が買えぬ
    それに婆やの 薬も買えぬ
    さぞや辛かろ 我慢をしなと
    兄は弟 いたわりながら
    涙声して 客呼ぶ声に
    乃木は近寄り 子供に向かい
    お前兄弟 いずこの者で

  8. 歳はいくつで 名は何と言う
    言えば子供は 涙を拭いて
    聞いてください のうおじちゃんよ
    訳を言わなきゃ 理が判らない
    私しゃ十二で 弟五つ
    林 伝太郎 弟勇夫
    父は伝吉 母親お里

  9. それに一人の 老婆がありて
    一家五人で 仲むつまじく
    蝶よ花よと 暮らしていたが
    父が戦争に 行かれた後は
    今だ一度も 便りがないよ
    どうか様子が 聞きたいものと
    思う折から お役場よりも

  10. 林伝吉 名誉の戦死
    これ聞くより 私の婆は
    力落として 病気となりて
    熱に浮かされ うわごとばかり
    そこで母さん 途方に暮れて
    日にち毎日 ただ泣くばかり
    私しゃこうして 辻占売りで

  11. 学校休んで 近所の人の
    使い致して 僅かな銭を
    あちらこちらで 恵んでもらい
    聞いて将軍 びっくり致し
    わしは乃木じゃが お前の家に
    用があるから 同伴いたせ
    言えば子供は 涙をぬぐい

  12. 勇、行こうと 弟連れて
    急ぎ来たのが 浅草田町
    九尺二間の裏店住まい
    家は曲がって 瓦は落ちて
    月はさし込み 風吹き通す
    見るも哀れな 生活なれば
    お待ちください 雨戸をあけて

  13. 坊は只今 帰られました
    聞いて母親 ニッコと笑い
    そこで子供の申する事に
    何の御用か 知らないけれど
    乃木の将軍 参られました
    言えば母親 ビックリ致す
    奥で寝ていた 老婆が聞いて

  14. 乃木と聞いては 恨めしそうに
    床の中から はい出しながら
    可愛い倅を 殺した乃木に
    たとえ恨みの一言なりと
    言ってやろうと 座を改めて
    婆やごめんと 腰うちつけて
    どういう訳にて かたきとなるか

  15. 人に話して 良い事ならば
    一部始終を 聞かせておくれ
    言えば老婆は 涙に暮れて
    聞いてください 私の話
    わしは一人の 倅があれて
    徴兵検査に 合格いたし
    しかも陸軍 歩兵となりて

  16. 満期除隊も めでたく済んで
    嫁をもらって 二人の仲に
    可愛い子供が 二人となりて
    嬉し喜び 僅かな間
    日露戦争に 参加を致し
    旅順港なる 苦戦にあって
    決死隊にと 志願を致し

  17. 恐れ多くも 御国のために
    死する命は 惜しまぬけれど
    後に残った 二人の孫が
    父のない子と 遊んでくれぬ
    わしはよいけど 二人が不憫
    こんな時には 倅がいたら
    こんな苦労は させまいものと

  18. 金鵄勲章 二人で抱いて
    ワッと泣き出す そのありさまを
    そばで見ている 私は辛い
    胸に釘をば 打たれる思い
    どうかお察し 下さいませと 
    聞いて将軍 涙をぬぐい
    何も言うまい これこの通り

  19. 片手拝みの 懐中よりも
    紙に包んだ 僅かな金す
    これは本当の 香典代わり
    可愛い倅に 手向けておくれ
    あげて将軍 我が家へ帰るが
    オーイサネー

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