延暦~慶応の歴史【携帯サイト】

ページ番号1006267  更新日 平成28年1月27日

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  • 796(延暦15)年 山田郡賀茂神、美和神、官社となる。
  • 806~809年(大同年間) 広沢大同堀開削。
  • 1180(治承4)年 宇治川の合戦で桐生六郎が主君足利忠綱に従って源頼政と戦う。
  • 1192(建久3)年 須永御厨建置。
  • 1350(正平5)年 桐生国綱が柄杓山城を築く。
  • 1351(観応2)年 桐生国綱が下瀞堀を掘る。高津戸城を攻略。
  • 1548(天文17)年 足利義輝の側室小侍従より彦部家へ仁田山紬を注文。
  • 1573(元亀4)年 桐生氏亡ぶ。由良成繁が柄杓山城へ入る。
  • 1590(天正18)年 由良国繁が牛久に遷される。徳川家康が関東入国。
  • 1591(天正19)年 新町が整う。
  • 1600(慶長5)年 関ヶ原役に際し桐生領54か村が旗絹2,410疋献上。吉例として台命により以後毎年上納。
  • 1661(寛文元)年 桐生領が館林御領となる。
  • 1672(寛文12)年 岡登景能が岡登用水堀を開削。
  • 1682(天和2)年 元桐生領54か村が旗本に分給される。荒戸新町が桐生新町と改名される。
  • 1689(元禄2)年 売人、買人より絹1疋につき1文宛とり、新町三丁目に市神社を建立。
  • 1722(亨保7)年 三井呉服店の絹買次店を桐生新町に設置。
  • 1731(亨保16)年 五・九の絹市日を三・七の日に変更。
  • 1738(元文3)年 西陣織物師弥兵衛・吉兵衛が桐生新町へ高機を伝える。
  • 1739(元文4)年 新居藤左衛門が7人組合を作り紗綾織をはじめる。
  • 1779(安永8)年 桐生新町が酒井大学頭領分となる。(慶応3年10月奉還)
  • 1785(天明5)年 桐生新町御陣屋改築着手。
  • 1841(天保12)年 桐生新町商人の年間取扱高約70万両、内35万両は江戸。
  • 1851(安政6)年 外国行交易糸御差止歎願書差出(生糸暴騰のため)。
  • 1864(元治元)年 小野里喜左門が加太商店を通じて絹地ハンカチを輸出。
  • 1868(慶応4)年 岩鼻県管轄となる。

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