歴史まちづくり動画の配信

ページ番号1017626  更新日 令和3年2月12日

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「桐生の今昔 古写真から見る桐生が岡公園」動画を掲載しました。

平成30年1月に「桐生市歴史的風致維持向上計画」が国の認定を受けました。
このことを多くの市民の皆さまに知っていただくとともに、歴史まちづくりの推進啓発等を図るため、令和2年度は歴史的風致に関連した動画をユーチューブ「桐生市チャンネル」により配信します。ぜひご覧ください。

動画配信

桐生の今昔 古写真から見る桐生が岡公園

桐生が岡公園は、明治28年に小島春比古(当時桐生町長)が土地を寄附したことをきっかけに、町民らが私財を投じながら段階的に整備され、現在に至ります。動画では、主に桐生が岡動物園下の通称女神像広場、藤棚広場、そして山手通り周辺を取り上げています。今も残る当時の歴史的資源を紹介すると共に、古写真と現在とを比較しながらこれらの歴史を紹介します。歴史に思いを馳せながらぜひ散策してみてください。

(上の画像をクリックするとユーチューブ「桐生市チャンネル」に移動し、動画の再生が始まります。)

桐生が岡公園について

  • 桐生が岡公園は明治28年に当時の桐生町長である小島春比古が、所有する敷地を寄附したことがきっかけで整備が始まった。
  • 一大公園化を目指した先人たちの思いが詰まっており、桜や眺望を楽しむ人々の憩いの場所であった。
  • 歴史資源として、玉石積みの石垣、石階段、腰掛石、歩道高欄、水路など、様々なものが残されている。

桐生祇園祭の歴史と魅力

桐生市の代表的な歴史的風致である桐生祇園祭ですが、令和2年は新型コロナ感染症の影響で神事のみ実施され、その他の行事は中止となってしまいました。翌年の開催を願いつつ、次回開催の祇園祭をより楽しめるよう今回「桐生祇園祭の歴史と魅力」について祇園祭礼研究家の奈良彰一さんに紹介していただく動画を制作しましたのでご覧ください。

(上の画像をクリックするとユーチューブ「桐生市チャンネル」に移動し、動画の再生が始まります。)

桐生祇園祭について

明暦2年(1656年)の記録が残る360年以上続く桐生を代表する伝統的な祭礼。現在は毎年8月の桐生八木節まつりと同日に挙行されているが、本来は別の祭礼である。惣六町(本町1~6丁目)と横山町の7町会により行われ、毎年、惣六町から天王番(天王町)を持ち回る。令和2年(2020年)は本町5丁目が天王番であった。

動画のポイント

  1. 桐生祇園祭は、美和神社(宮本町二丁目)に合祀された八坂神社(明治4年まで本町3丁目にあった)の祭典
  2. 明暦年間に子供の手踊りから始まり、疫病退散を目的としていた
  3. 大まかな行程としては、挨拶廻り、前日の出御の儀、初日の衣装付け届け、本祭(2日目)の神輿渡御、3日目の神輿還御、千秋楽付け届けなどがある
  4. 出御では、御神輿に神様を移し、天王町に設置された御旅所まで運び安置する
  5. 神輿渡御は、天王町からスタートし、全7町会を練り歩く重要な行事である
  6. 桐生には各町会に1台ずつの6台の巨大な屋台、3丁目と4丁目に1基ずつの2基の鉾、3対の大幟が現存
  7. 令和3年は、本町6丁目が天王番となる

歴史的風致とは

地域におけるその固有の歴史および伝統を反映した人々の活動と、その活動が行われる歴史上価値の高い建造物およびその周辺の市街地とが一体となって形成してきた良好な市街地の環境のことで、ハードとしての建造物とソフトとしての人々の活動を合わせた概念です。
桐生市における代表的な歴史的風致として、桐生新町伝建地区周辺(ハード)で行われる桐生祇園祭(ソフト)が典型的なものと言えます。

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〒376-8501 群馬県桐生市織姫町1番1号
電話:0277-46-1111 内線:745・787 ファクシミリ:0277-45-0088
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