浄運寺安土宗論記録

ページ番号1002058  更新日 令和5年3月31日

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写真:筆で書かれた記録の文章の一部

桐生市指定重要文化財

浄運寺安土宗教論記録(じょううんじあづちしゅうろんきろく)

指定年月日
昭和38年3月26日
区分
桐生市指定重要文化財
管理者
浄運寺
製作年代
天正7年(1579年)

室町期臨済宗の興隆によって不振状態の浄土宗も、戦国末期玉念の出現におよんで、弥陀の信仰ふたたび盛運に向かい、慶長18年(1613年)太田の大光院建立にともなって、いよいよ隆盛となった。玉念は桐生浄運寺の開山であり、有名な安土宗論に浄土宗を代表して参加した高僧であった。
この記録は天正7年(1579年)5月27日近江国(滋賀県)安土城下浄巌院において、城主織田信長の命により浄土宗僧と日蓮宗僧と宗論し、日蓮宗側は負けて詫証文を取られたときの記録である。当時浄土宗側の書記東山一心院五代助念が中村浄求・一末安心二人の懇望により自筆本を伝写したものである。この記録がこの寺に伝わった由来については不明であるが、推考すれば浄運寺の閉山玉念が当宗論の浄土宗側の主座であった関係によるものであろう。

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