日本織物株式会社 発電所跡及び煉瓦積遺構

ページ番号1002027  更新日 平成28年1月24日

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写真:日本織物株式会社の外観
全景
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煉瓦積遺構

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煉瓦積遺構
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大正期のタービン

指定年月日
昭和44年7月17日
区分
桐生市指定史跡
所在地
桐生市織姫町1041-1内
時期
明治20年

明治20年(1887)12月に洋式経営法による織物会社が創立された。この会社では、丸山下の岩盤を掘削し、底幅2メートル、上幅5メートル、深さ1メートルの導水路延長1キロメートルを築き、渡良瀬川の水を引き入れてタービンを回し、工場の動力としたほか一部で発電まで行った。
使用水量は毎秒3立方メートル、勾配1000分の1、落差11メートルといわれる。168馬力のアメリカのスタウトミルテンプル会社製、ベルトン型スペシャル・ニューアメリカン・堅軸タービン1基を据え付け、一対の傘歯車と広幅ベルトにより工場の主軸に伝動させ、明治22年6月に運転を始めた。他に一対の傘歯車とベルトにより100キロワット、240ボルトの交流発電機を運転し、明治24年11月に工場と寄宿舎に400灯の電灯を点火した。
明治27年5月に電灯会社を設立させ、同種のタービンー基を増設し桐生町内に1000灯を点灯させたが10燭光の電球で5燭光ぐらいの明るさだったという。
この二基のタービンは、大正13年(1924)にドイツのフォイト会社製320馬力のタービン、それに直結の216キロワット電動機一台にとりかえられた。今残っているのはこの大正期のものである。
この発電所は明治22年以来昭和22年の水害で導水路が決壊されるまでの58年間、織物産業発展の原動力となっていた。
なお、隣接する桐生総合厚生病院の改築工事中に、発電所跡のすぐ脇において煉瓦積の遺構が発見され、昭和63年度に発掘調査を実施した。
その結果、これは並立する門柱状のもので、発電所に関係する日本織物株式会社創立当初の遺構であることが確認された。また、使用されている煉瓦は工場建設のため、桐生において製造されたものであることも明らかとなった。
この煉瓦積遺構は発電所跡とともに、桐生の近代化を象徴するものであり、平成2年度に保存修理工事が実施され、追加指定が行われた。

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