関の磨崖仏

指定文化財について
- 名称及び員数
- 関の磨崖仏(せきのまがいぶつ)1基
- 指定年月日
- 昭和47年11月15日
- 区分
- 群馬県指定重要文化財(石造物)
- 所在地
- 群馬県桐生市新里町関67-1
- 年代
- 鎌倉時代頃(推定)
- 大きさ
-
磨崖仏の刻まれた凝灰集塊岩の地表からの露出部分
底辺:東西約6.2メートル、南北(幅):約4.5メートル、
高さ:南面(磨崖仏彫刻面)3.8メートル
光背:高さ128センチメートル、幅80センチメートル、奥行き80センチメートル
阿弥陀如来:高さ50センチメートル
右脇侍観音菩薩:高さ30センチメートル
左脇侍勢至菩薩:高さ30センチメートル - 材質
- 凝灰集塊岩
- その他
- 駐車場・トイレ:無し、常時見学可

関の磨崖仏は、群馬県桐生市新里町を横断する国道353号線を関の集会所方面に400メートルほど南下した鏑木川左岸、不動橋の袂に存在する。
磨崖仏は赤城山の噴火により生成し押し出された凝灰質の集塊岩に刻まれている。市道から鏑木川へ向って東西に細長く露出した岩塊の平坦な南面を光背に見立てて彫り窪めた奥に三軀の仏像が半肉彫りされている。
中尊の納衣は通肩で右掌を正面に向け左手は下げて刀印を結んでいるであろうことから阿弥陀如来であると認められる。頭部は螺髪で、頬は肉付きが良く穏やかな顔だちである。裳(も)の裾は簡素にひだの流が現され、足元の台座は二重の反り花が刻まれる蓮華座である。脇侍は経年の劣化により損傷が激しいが、宝冠と胸の前で両手を重ねる拱手(きょうしゅ)の痕跡が見られることから右に観音菩薩、左に勢至菩薩を配していると伺える。両像とも下半身の劣化が顕著なため像形の詳細は不明である。
桐生市では新里町以外に磨崖仏の存在は確認されておらず、町内の隣接する、山上地区に鎌倉時代の高縄の磨崖仏、江戸時代の大梨子の磨崖仏を含め3基の磨崖仏が存在することはこの地に伝わる阿弥陀信仰を知る上でも貴重である。
注:善光寺式阿弥陀三尊像(ぜんこうじしきあみださんそんぞう)
一つの光背の中に阿弥陀如来を中央に配し脇侍の観音菩薩、勢至菩薩が並び立つ形式で、日本最古の仏像と伝わる善光寺の絶対秘仏を模している。善光寺如来の信仰は鎌倉時代(1185~1333)以降、浄土思想とともに広まり各地で祀られるようになった。阿弥陀如来に帰依する浄土信仰では、南無阿弥陀仏と唱えれば誰でもが極楽浄土へ生まれ変われると説かれ、武士階層や庶民からも支持を得た。
●凝灰集塊岩(ぎょうかいしゅうかいがん)
赤城山の噴火により生じた火山弾や岩塊と火山灰(細かな凝灰岩)が混ざり合い固まった岩石。
●赤城山の火山活動
赤城山は50万年前〜3万年前にかけての火山活動を経て現在の形になったと考えられる。長七郎岳が溶岩を噴出させて山体を築き、カルデラのほぼ中央に地蔵岳が噴出して中央火口を形成し、その後、小沼、地獄谷が噴火した。新里町のほぼ全域に赤城火山の噴出による角礫や火山灰が降り注いでいる。参考文献:新里村史
●磨崖仏=摩崖仏とも表記される。
石仏の一種で切り出された岩や天然石などに彫られ移動可能な石造物に対し、崖や大きな岩などに刻まれた仏像などの総称。
関の磨崖仏地図
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