山上城跡

ページ番号1001967  更新日 平成28年1月24日

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写真:地面に城の跡が四角く残っている様子

写真:城跡が森に囲まれている様子


指定年月日
昭和23年11月26日  県指定史跡
所在地
新里町山上282

山上城は、田原藤太(たわらのとうた)といわれた藤原秀郷の流れをくむ、足利成行(あしかがひでゆき)から二代目五郎高綱によって築城されたといわれます。高綱の子、高光は源頼朝に仕えました。その子孫も代々この地域を領し、上杉氏が関東管領の頃は東上州の中でも、特に重きをなしたと伝えられます。しかし、北条・武田・上杉などの群雄が割拠した、戦国時代動乱のなかで、やがて16世紀終末ころに廃城になりました。城の構造は、並郭構造といわれるように、北から南へ笹郭・北郭・本丸・二の丸・三の丸・南郭と一直線に並んでいます。なお、南郭には物見台の跡がのこっています。南北は650メートル、東西は220メートルの細長い形をしており、平坦な郭構造ではなく、高い郭を持つことから丘城ともいわれています。そして、周囲は自然の要害である蕨沢川と谷によって守られていたのです。城下町の名残として、元町・鍛冶屋などの地名が残っています。

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