中村家住宅(中村弥市商店 店舗)他6棟

ページ番号1002002  更新日 令和8年5月11日

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写真向かって左から昭和初め頃の本町3丁目から1丁目の俯瞰、本町通りに面した中村弥市商店店舗北面、まちなか交流館から天満宮方面を撮影した重伝健地区
昭和初め頃の本町3丁目から1丁目、中村弥市商店、まちなか交流館から天満宮方面

登録文化財について

名称・員数

中村弥市商店店舗(なかむらやいちしょうてんてんぽ)他3件
中村家住宅奥座敷(なかむらけじゅうたくおくざしき)他2件

区分
登録有形文化財(建造物)
登録年月日
平成17年11月10日
所在地
群馬県桐生市本町一丁目6-33
建設年代
明治27年~昭和12年
公開等
店舗及び住宅として使用されているため非公開

中村弥市商店・中村家住宅の構成

中村弥市商店屋根伏図、本町通りに面する西から東へ長い敷地内に店舗、新座敷、文庫蔵、奥座敷、通路を挟んで敷地の南側に浴場、石蔵が配されている。

中村弥市商店・中村家住宅は、桐生市桐生新町重要伝統的建造物群保存地区内の本町1丁目、本町通りの東側に存在する。
桐生新町の地割である間口6間半(幅約12メートル)、奥行き40間(約72メートル)の敷地北寄りに、通りに面して西面する店舗、文庫蔵(新座敷)、奥座敷が直列し、南辺に浴場、石蔵が建ち並ぶ。

中村弥市商店・中村家住宅建物一覧表

名称

構造・形式・規模

年代

中村弥一商店店舗  木造2階建、瓦葺、建築面積88平方メートル  大正11年2月25日
中村弥市商店文庫蔵 鉄筋コンクリート造2階建、瓦葺
建築面積23平方メートル
昭和12年頃
中村弥市商店新座敷 鉄筋コンクリート造平屋及び木造2階建、瓦葺
建築面積37平方メートル
昭和12年頃
中村弥市商店石蔵 石造平屋建、瓦葺、建築面積25平方メートル 昭和12年頃
中村家住宅奥座敷 木造平屋建、瓦葺、建築面積85平方メートル 明治27年
中村家住宅浴場 木造平屋建、瓦葺、建築面積6.2平方メートル 昭和12年頃
中村家住宅門 木造瓦葺、間口2.3メートル    昭和12年頃

中村弥市商店・中村家住宅を構成する建物

中村弥市商店店舗(なかむらやいちしょうてんてんぽ)

中村弥市商店写真:向かって左から北東面、道路側から奥へ黒漆喰塗りの2階建店舗、土蔵造白漆喰塗り2階建て文庫蔵、奥座敷へ続く縦長の敷地、右店舗正面写真
写真左:中村弥市商店店舗北面路地側。右:通りに面する店舗正面、向かって右に門が付く。

店の建築年は、中村家の所蔵する「貸家台帳」による。
構造形式は、木造二階建、桁行10.23メートル、梁間7.44メートル、屋根は桟瓦葺の寄棟妻入、総高は約8.5メートル。出桁造で、外壁は鼠漆喰塗り仕上げである。
建築当初からの改変は一階正面の出入口がサッシ戸に、内部の表に面した帳場が土間となっていることである。帳場の背後は「茶の間」と称される8帖と6帖の二間が並列しているほか、4帖の座敷からなり、東面に三尺(約90センチメートル)ほどの内廊下が設けられている。二階正面には格子戸がはめ込まれ、10帖と6帖の座敷となっている。二階部分の建ちが高く、近代の町屋の形式を良好にとどめている。

中村弥市商店文庫蔵・新座敷(なかむらやいちしょうてんぶんこぐら・しんざしき)

写真左:中村家の敷地南側から撮影石蔵・奥座敷・文庫蔵が立ち並ぶ様子。写真右上:敷地東側の路地から撮影した奥座敷・文庫蔵。右下新座敷の陸屋根上のベランダ
石蔵・奥座敷・文庫蔵南面。右上:東側路地から望む文庫蔵。右下新座敷の陸屋根上ベランダ

新座敷は、文庫蔵の蔵前座敷と西側に付属する建物からなり、中村家では明治27年建築の奥座敷に対して新座敷と呼んでいる。
文庫蔵と同時に建てられたもので、蔵前に当たる部分は桁行8.22メートル、梁間2.46メートルの鉄筋コンクリート造。西側に付属する部分は木造で、ベランダの出入口が二階建となっている。蔵前南面の外壁はモルタル仕上げで、右側は勝手で外壁には花崗岩が用いられる。屋根は陸屋根でベランダとなっており、現在は手摺りにコンクリート製のブロックが積まれているが、当初は真鍮製であったという。天井中央部にはブロックガラスをはめ込んだ明かり取りが設けられている。かつて蔵前は従業員の食堂として利用されていたことがあるという。
新座敷西側には店蔵に沿って桁行6.52メートル、梁間2.45メートルの木造の部屋が取り付つき、初代弥市が畳敷きとし碁会所として利用していたという。

中村家住宅奥座敷(なかむらけじゅうたくおくざしき)

中村家住宅の東南に位置する奥座敷の写真
写真左:奥座敷南面。右:建物北側路地面、奥座敷から通りへ向かい文庫蔵・店舗と続く

中村家住宅奥座敷は、座敷、土蔵、蔵前からなり、桁行11.99メートル、梁間17.57メートル、木造寄棟妻入桟瓦葺、望見できる北壁は下見板張である。
南に面して6帖と10帖の二間が続き、北側に板敷きの蔵前が付く。西側の文庫蔵との間にはオクンチノクラ(奥の家の蔵)と呼ぶ土蔵が設けられているが、一つの屋根で覆われているため、外からは見ることができない。この土蔵は中村利八が経営していた質蔵と伝えられ、周りには半間(約90センチメートル)幅の廊下が一周していたが、西辺の廊下は文庫蔵の建て替えによって失われている。この土蔵の梁の墨書冒頭に「紀元2554年 略暦明治27年10月16日建設之」とあるほか日清戦争のことが記され、最後に「中村利八建設 當48歳、中村弥市 當14歳」とある。これにより、奥座敷の建築年代を知ることができる。なお、中村家所蔵の「貸家台帳」に添付されている奥座敷の図面は、現状とほぼ変わっていない。

中村弥市商店石蔵(なかむらやいちしょうてんいしぐら)・中村家住宅浴場(なかむらけじゅうたくよくじょう)

写真左:敷地内西側に沿って建てられている石蔵と浴室の南東面写真、右上:浴室とそれに続く石蔵の瓦葺き屋根、右下:石蔵通路側の扉
石蔵妻側南東面、右上:浴室とそれに続く石蔵の瓦葺き屋根、右下:石蔵通路側の扉

中村弥市商店石蔵
敷地の南辺に沿って建つ、石造切妻造桟瓦葺、桁行10.56メートル、梁間2.60メートルの短冊状の細長い蔵である。安山岩の切石積みで、腰壁以外は、内外壁とも漆喰塗りとなっている。壁体に直接和小屋を乗せている。
かつては家業として取り扱っていた生糸の原糸や人絹を保管していたため、中村家では人絹蔵と呼んでいた。入口を境にして内部を左右に分け、右側の床は湿気を嫌う生糸のため板張であったと伝わる。現在は倉庫として利用されている。

中村家住宅浴場
石蔵西側の寄棟桟瓦葺の木造建物で、桁行2.86メートル、梁間2.28メートルのほぼ四角形の小さな建物である。
当初から浴場として建設され、内部は浴室、脱衣所、釜場にわかれる。昭和12年に建てられた一連の建物の一つである。
桐生市では昭和7年に水道施設が完成し、中村家の所在する本町一丁目にも水道管が敷設されているところから、浴場を別棟とし当初から水道設備が施されていたものである。

 

中村家住宅門(なかむらけじゅうたくもん)

写真左:本町通りに西面して建つ中村弥市商店店舗、写真右:建物西側に接する瓦葺き、黒色の門
写真左:本町通りに面する中村弥市商店店舗正面、右:店舗北西に付く門詳細

中村家住宅門は、本町通りに接して店の南側に建つもので、奥につながる出入口となっている。門の袖壁は漆喰塗で、店と一体となった造りとなっているところから、同時期の建築であることが明らかである。幅4.25メートルで、扉は左右の引き戸となっており袖壁に納められるようになっている。屋根は切妻造で桟瓦葺を載せる。昭和30年代に、車を出入させるため右側の柱を撤去し梁を鉄骨で補強しているが、外観は当初の姿を良くとどめている。

桐生市における中村家

桐生における中村家は、弘化3年(1846)生れの初代中村利八が明治9年(1876)に上野国山田郡休泊村大字沖之郷(現太田市)から分家し、当地に来往したことに始まる。利八は質屋や米穀商などを経た後、生糸の原糸を取り扱うようになった。これは明治37年刊行の「群馬県営業便覧」に「糸商中村弥一」と記載されることからも明らかである。
明治から昭和初期の桐生は、近代化に成功した織物産業が盛況を極め、中村家も初代弥市(明治13年生れ)の時代に多くの貸家を作り、昭和初期においてはさらに多数家作を所有するなど生糸によって成功を収めた有力な商家の一つであることが伺える。第二次世界大戦に徴兵され復員した2代目中村弥市(大正12年生れ)は戦後糸商を離れ、昭和33年に塗料店「中村弥市商店」を設立し現在に至っている。

中村弥市商店位置図

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教育委員会教育部 文化財保護課
〒376-0043 群馬県桐生市小曾根町3番30号
電話:文化財保護係 0277-46-6467
   埋蔵文化財係 0277-46-6468
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