旧曽我織物工場

ページ番号1002006  更新日 令和2年7月16日

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旧曽我織物工場及び曽我家住宅

現在の石造鋸屋根工場は、大正11年に2代喜一郎の結婚を機に建築したもので、新工場と呼ばれた。昭和10年代前半は織物業の最盛期であったが、戦争の影響で昭和18年の機業統制によって織機はすべて供出された。
戦後は桐生工業高校にあった織機2台を借受けて操業を開始し、昭和26年には織機は26台になったが、需要においつかず外注に出したほど盛況であった。 昭和45年頃織物の操業を止め、その後市内企業の工場や倉庫として最近まで利用されていたが、現在は積極的活用を検討中である。
曽我家住宅は本町一丁目南端の西側に位置する。曽我家の初代助松は石川県鹿島郡の生まれで、明治27年に桐生に来往し、生糸商に奉公しながら商売を習得。その後、糸相場で財をなして現在地と建物を大正6年に購入したという。敷地は通りに面し、間口約23メートル、奥行き約90メートルで、かつての桐生新町の町立てを今に伝えている。建物は敷地の北側に立ち並び、東から西に主屋、土蔵、新座敷と続く。住宅稲荷社は庭のほぼ中央に祀られ、さらに通りに面して一対の門柱が立つ。

旧曽我織物工場一覧表
名称
員数
構造、形式
年代
旧曽我織物工場 1棟 木骨石造平屋建、鉄板葺建築面積550平方メートル 大正11年(1922)
曽我家住宅主屋 1棟 木造平屋建、瓦葺、
建築面積127平方メートル
明治後期
曽我家住宅土蔵 1棟 土蔵造2階建、瓦葺、
建築面積51平方メートル
明治後期
曽我家住宅新座敷 1棟 木造及び煉瓦造2階建、瓦葺、
建築面積37平方メートル
大正11年
曽我家住宅稲荷社 1棟 木造平屋建、板葺、建築面積1.6平方メートル、覆屋 慶応3年
曽我家住宅門 1基 石造、間口3.3メートル 大正11年頃
写真1
曽我家の航空写真

旧曽我織物工場・曽我家住宅 配置図


当時の再現イラスト
曽我家全体絵図

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