無鄰館(旧北川織物工場主屋)他4棟

ページ番号1002003  更新日 平成28年1月24日

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写真:上空からは明り取りのために沢山窓のついたノコギリ屋根が見える
無鄰館(上空より)
写真:木造の入り口に「無鄰館」とかかれた白い暖簾が付いている
無鄰館(旧北川織物工場)正面及び南側
区分
国登録文化財(建築物)
所在地
桐生市本町一丁目5-5
建設年代
大正5年ころ

建物について無鄰館と呼称する建物群は鋸屋根工場、事務所、蔵からなる。それぞれの建築年代は大正5年から大正10年にかけてものである。大正5年と考えられる建物については詳細な平面図・立面図と工場断面図が残されている。女工宿舎の煉瓦壁は、鉄骨による補強が施され、モニュメントして保存されているものである。

(1) 無鄰館(旧北川織物工場)

工場全体は、敷地西寄りのほぼ中央に建設されている。当初の工場は大正5年に建設されたと考えられる建物で、創建当時の平面図・立面図、断面図が残されているが建築年を示す記載は見られない。当初の工場を囲むように、大正10年には南側の正面、西面、背面の三面に次々と増築が行われた。そのため現状では創建当初の建物は、屋根以外を望むことはできない。当初の工場は東西方向の桁行22.08メートルで、梁間7.28メートルの鋸歯状の屋根の建物が2連並列する。木造で小屋組はキングポストトラス組とし、ボルトで締める。内部は天井が張られておらず梁組を望むことができる。現存する当初の内壁は漆喰塗仕上となっている。本来は中央の東西軸に3本の柱が立つだけであったが、現在は利用しやすいように小部屋に仕切られている。外壁は下見板張りである。屋根は北側に採光面を持つ桟瓦葺であったが、南面は鉄板に葺替えられている。南面の屋根には当初の図面に見られるドーマー・ウィンドウのような換気口が、現在でもそれぞれ4箇所設けられている。正面には桁行13.95メートル、梁間3.04メートルの下屋庇状の建物が取り付き、出入口が設けられているが、この内側には当初の建物の外壁や窓の一部を見ることができる。正面左脇には切妻桟瓦葺の桁行6.37メートル、梁間5.46メートルの正方形に近い和小屋の建物が並ぶ。正面左奥にあたる西側には、和小屋の建物に続いて当初の図面記載されている桁行6.37メートル、梁間3.78メートルの便所が現在も利用されている。その奥に、梁間6.37メートルで桁行は7.28メートルと4.55メートルの規模が異なる鋸屋根の建物が連なって作られている。屋根はセメント瓦である。背面には桁行14.5メートル、梁間4.55メートルの鋸屋根1連の建物が当初の工場に取り付いている。大正5年頃と考えられる当初の鋸屋根工場と大正10年に増築された建物は群として捉えられるもので、無鄰館本館として一体として扱かう必要があると考えられる。

(2) 無鄰館(旧北川織物工場事務所)

無鄰館正面の下屋庇状増築部の右寄りに取り付くもので、構造形式は桁行7.28メートル、梁間4.09メートルで、木造切妻造桟瓦葺、和小屋とする大正10年に増築されたものである。さらに東側には大正5年と考えられる桁行7.22メートル、梁間4.09メートルの応接間とその背後に桁行7.22メートル、梁間3.64メートルの一部屋が設けられている。南面は昭和3年に外観を洋風(パラペット型)に改装された。当初の平面図によると応接間が板敷きとなっている以外は畳敷きとなっている。

(3) 無鄰館(旧北川織物工場蔵)

旧北川織物工場事務所の背後に建つ木骨土蔵造二階建てで、構造形式は桁行4.85メートル、梁間3.94メートルで切妻桟瓦葺で、内壁は漆喰塗仕上である。妻の部分には大谷石を載せ、表面は外壁と同じ洗い出しのモルタル塗となっている。外壁が創建当時のままであると、モルタル塗の初現的な事例あると思われる。梁に書かれた墨書には棟梁、石工、鳶の名のほか「設計者文部省技師山田太市」とあり、大正7年10月に建設されたことが明らかとなった。山田太市は大正5年に竣工した桐生高等染色学校(現群馬大学工学部)の技手である。当初の平面図にはこの蔵が図示されていないところから、当初の工場はこの蔵以前に建てられたことがわかる。

(4) 無鄰館(旧北川織物工場女工宿舎煉瓦造外壁)

旧北川織物工場女工宿舎は北川家の北辺に沿った東西13間半、南北3間の細長い木造二階建の建物で、北面は防火を兼ねた煉瓦壁であった。一階内部はほぼ中央の階段をはさんで、東半分が食堂を兼ねた大部屋、西半分は6畳二間に仕切られ、二階は南側に廊下を設け、東側に6畳二間、西側に6畳三間の小部屋になっていた。平成5年3月に隣家からの失火による類焼で、木造部は焼失し煉瓦造の外壁だけが残された。所有者である北川氏はこれを保存するため、鉄骨による補強を実施している。煉瓦はイギリス積となっているが、二階の柱間は壁体が薄く長手積となっている。煉瓦の大きさは長さ22.5センチメートル、幅10.5センチメートル、厚さ5.5センチメートルで、大正14年に公布されたJES規格以前の製造であると考えられ、大正5年に建築されたことを物語っている。北側に防火壁としての煉瓦を積むことは、近くにおいては明治後期とされる旧曽我織物や、大正9年の有鄰館煉瓦蔵からその奥にかけて見ることができる。

(5) 無鄰館(旧北川織物工煉瓦塀)

女工宿舎煉瓦造外壁の両側に設けられた煉瓦塀である。煉瓦の大きさは旧女工宿舎と同じで、イギリス積で築造されている。

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