後閑の五輪塔

ページ番号1002047  更新日 平成28年1月24日

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写真:秋の枯れ草の中に石造りの五輪塔が立っている様子

写真:草木の茂る中に立っている苔の生えた石造りの五輪塔


写真:離れた場所から見ると、五輪塔は草木の陰になって見えづらい


指定年月日
昭和55年4月11日
区分
市指定重要文化財
所在地
新里町山上1357の2

凝灰岩製のこの五輪塔は、1.63メートルの高さがあり、全体的にどっしりとした形で火輪の笠石はやや反りがみられます。このような型式から室町時代初期の特徴を持っていることがわかります。
五輪塔が建てられるようになったのは、平安時代までさかのぼります。そして、空・風・火・水・地は、宇宙の五大生成要素だといわれます。もともとは、堂宇の落成や仏像開眼の時などの供養塔として建てられました。鎌倉時代以降は、亡くなった人の供養や墓石として造られるようになりました。現在の供養塔は、板製の塔婆になってしまいました。その両端の四つの刻みは五輪塔を現しているのです。

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