高縄の磨崖仏

ページ番号1002050  更新日 令和8年7月8日

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写真左から高輪の磨崖仏入口、曼珠沙華の咲く磨崖仏の岩、南から撮影した遠景奥に赤城山、写真右覆屋のかかった磨崖仏の北側写真
磨崖仏入口、磨崖仏南(正面)、南から撮影した遠景(北に赤城山)磨崖仏北(背面)

指定文化財について

名称及び員数
高縄の磨崖仏(たかなわのまがいぶつ)1基
指定年月日
昭和49年5月1日
区分
桐生市指定重要文化財(石造物)
所在地
群馬県桐生市新里町山上1443-1
年代
鎌倉時代頃(推定)
大きさ

底辺:東西の全長約8メートル(磨崖仏部分約4メートル)、南北約4メートル
高さ:約4メートル
上部中央阿弥陀如来:高さ65センチメートル・巾21センチメートル

右脇侍:高さ50センチメートル・巾17センチメートル
左脇侍:高さ50センチメートル・巾18センチメートル

材質
赤城山の噴火により生成した凝灰集塊岩
その他
駐車場・トイレ:無し、常時見学可
写真右:火山流の痕跡が散見される磨崖仏全景、申神塔などの石造物が周りに配置されている。中央:磨崖仏南面、三体の仏が刻まれその下にも彫刻の痕跡がある。写真右:磨崖仏東面板状になっている。
火山流の痕跡が見られる磨崖仏周辺、磨崖仏正面(南面)、磨崖仏東面板状に立ち上がる岩塊

高縄の磨崖仏は、群馬県桐生市新里町の中央を東西に走る国道353号線を関集会所方面に向かい1.3キロメートル程南下した高縄地区の市道西側に所在する。
赤城山南麓の関から高縄地区へ緩やかに傾斜する一帯には、赤城山の噴火の際に発生した泥流により運ばれた大小の凝灰集塊岩が随所に見られる。
中でも大型の岩塊の中央部が三角形にせり上がり板状になった南面に阿弥陀三尊像、その下に経年の風雨に晒され浸食が進んだため判別は困難であるが四軀の仏像が半肉彫されている。
上部の三軀は各々が独立して彫り出されており、一つの光背に阿弥陀如来を中央に両脇侍を配する善光寺式では無い。いずれも台座は認められず仏身のみが彫り出され、僅かに衣や体軀の様子が伺える程度で冠等装飾は判別できない。下の四軀は輪郭が僅かに確認できるのみである。
岩塊左上部には直径15センチメートル、深さ90センチメートルほどの穴が有り、経文を納めたとの言い伝えがある。磨崖仏の北側、東側の周囲には、庚申塔や道祖神、宇賀神など多くの石造物が認められる。

  • 凝灰集塊岩(ぎょうかいしゅうかいがん)
    赤城山の噴火により生じた火山弾や岩塊と火山灰(細かな凝灰岩)が混ざり合い固まった岩石。
  • 赤城山の火山活動
    赤城山は50万年前〜2万4000年前頃にかけての火山活動を経て現在の形になったと考えられる。長七郎岳が溶岩を噴出させて山体を築き、カルデラのほぼ中央に地蔵岳が噴出して中央火口を形成し、その後、小沼、地獄谷が噴火した。新里町のほぼ全域に赤城火山の噴出による角礫や火山灰が降り注いでいる。(参考:新里村史)
  • 磨崖仏=磨崖仏とも表記される。
    切り出された岩や天然石などに彫られ、移動可能な石仏に対する、崖や大きな岩などに刻まれた仏像などの総称。
写真左:岩塊の南面に彫られた磨崖仏、右:上部に彫られた三軀の磨崖仏の詳細写真、半肉彫りされた輪郭が判る。
岩塊の南面に彫られた磨崖仏の全景、上部の磨崖仏詳細

高縄の磨崖仏地図

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