長泉寺本堂

ページ番号1002079  更新日 平成28年1月24日

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写真:白い壁に黒い枠の窓と引き戸が付いた本堂

指定年月日
平成14年3月12日
区分
桐生市指定重要文化財
所在地
桐生市梅田町四丁目21
所有者
長泉寺
構造

入母屋造平入り 銅板茸

桁行8間(17.867メートル)
梁間7間(14.928メートル)

建築年代
享保3年(1718)以前

長泉寺は桐生川の右岸に位置し、山門から本堂に至る参道が曲折している。
開創については、桐生家四代在義(在俊)の法名が長泉菴殿竜宕性白大禅定門であることから、元々は桐生在義の位牌所として文明8年(1476)ころに建立されたとする説が「桐生市史」にある。このことにより、岩下平左衛門繁吉が文禄4年(1595)に建立とする説(「梅田村郷土誌」)と鳳仙寺住職牛把禅師が寛永年間(1624~1643)に建立したとする説(「山田郡誌」)については、以前からあった寺の再興の可能性が考えられる。
本堂は中規模の六室構成方丈形式となっている。向拝は設けず簡素な外観で、当初茅茸であった屋根を、昭和54年に銅板茸へと変更している。平面は北側面に廊下を配し、両側面に縁を設ける。正面広緑、土間に相当する場所は改修され、当初形式は不明である。この部分の梁間中央には、入側桁を支える柱を入れ、側柱と外陣正面側の柱を虹梁で繋いでいる。外陣は両脇間境中央の柱がなく、指物も入れられていない。これは当初からの仕様と思われる。内陣は床が欅の無目敷居で一段切り上げられている。須弥壇上部の押込壇には「押込壇作料 施主 町屋 中島丈六 明和九辰夏(1772)祐外代」の墨吾がある。この押込壇は後世に付加したものである。内外陣境と外陣正面側中央に欄間彫刻があり、内外陣境の欄間彫刻裏面には「右三枚 石原吟八彫之 板橋伊平次」の刻銘がある。組物は内外陣境柱筋と来迎柱筋の各柱上に出組を組む。外陣の装飾は控えめである。内陣左の柱に打たれた掛札には「客殿建立 正徳二壬辰歳(1712)極月十日棟上 繁山嶺苗代」と書かれ、位牌間にある位牌壇下の板戸には「奉書納櫛子松花絵 狩野法橋大雪 □□ 享保三戌丙(ママ)(1718)」の墨書が残る。当本堂は曹洞宗方丈形式本堂の古式を示す部分が多い建築で、前記いずれかが建立年代を示すと思われる。

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